土曜日

彼は考えていた。

あと3時間か……


時刻はすでに夜の7時をまわっていた。


彼は今日朝の9時からこの場所にいた。すでに10時間を過ぎた。


逃げたいな。彼はふと思った。


しかし彼はそれをしない。

彼はわかっていたのだ。意識はしなくても本能的に思っていたのかもしてない。


彼はきっと


ニホンジンだったのだ。

金曜日

彼は考えていた。

いや、彼は感傷に浸っていた。


簡単そうという至極単純な理由でもぐりこんだ授業で、彼は心に何かを刺されていた。


昭和の文学。


それは彼が今まであまり触れてこなかったものだった。

「坊ちゃん」とかまぁその辺は読んだことがあってもそれきりだった。


それがここに来て奇襲を受けたのだ。

驚いた。

そう、彼はただ驚いていたのかも知れない。

木曜日

彼は考えていた。

馬鹿らしいな。


そう思いつつものめりこんでいる自分がいることを彼は知っていた。


馬鹿らしいな。

彼は自分にそう言ったのかもしれない。


彼は、いや彼を含む7人は必死に紙飛行機を作っていたのだ。

小学生の頃休み時間に良くやったアレだ。


それをセミナーの授業で6週間かけて真面目にやっているのだから、笑うしかない。


馬鹿らしいな。


そう思いつつも彼は焦っていた。

揚力が足りない。


落ちるしかない彼が設計したそれに対して彼はもう一度こう言った。


「馬鹿らしいな」

火曜日

彼は考えていた。

これをしている間に果たして何人の世界中の人を救えるだろうか。



愚問だ。



これをしていなくたって、俺は一人もいや一匹も救うことなどしないだろう。(いやあるいは蚊一匹ぐらいはわからないが)


とにかく目の前の単純作業は彼に退屈と憂鬱を与えた。

この日彼は昼過ぎからひたすら鉄棒を磨いていた。


鉄棒といってもあの校庭にひっそりとそれでいて存在感を出そうと立っているアレではなく、文字通り鉄の棒だった。


昼過ぎから磨き始め、彼の使ってる紙やすりの目の粗さはすでに粗悪な紙のそれと区別がつかない程度まで達していたが、それでもまだ彼は磨き続けた。


隣の友人を見ると断面を必死に観察している。


わからないな。


彼は思った。

すでに鏡と区別がつかないほど磨かれたこれをさらにどうしようというのだ?



わからないな。


そういいつつも彼は手を動かし始める。

月曜日

彼は考えていた。

果たしてこの国道の長い長い大行列の中で俺ほど急いでいるやつがどれほどいるだろうか?



いや……


彼は誰に見られるでもないのに、人にわざわざ不快感を与えるようなニヤリとした笑みを浮かべた。


そう、実際この中には俺より急いでいるヤツなんてたくさんいるのだ。

むしろ過半数より多いかも知れない。



彼は知っていた。

ちっぽけなことを。



そして笑った。

国道の上にある、この状況では何の意味もなさないカメラに向かって。


ニヤリ。


そして彼は走り出す。

今終わったばかりのミスチルの「ゆりかごのある丘から」をもう一度流して。

日曜日

彼は考えていた。

なぜ、いつも俺なんだ?

他のヤツを使おうと思えば、いくらでも使えるじゃないか?

いっそやめてやろうか?

彼に少しだけ残っていたサドスティックな部分が彼の胸をつついた。


しかし彼は実際には行動には出さない。


黙って電車に乗った。

イヤホンから流れる彼のお気に入りの曲を聴きながら。